雑音日和

教祖になるのが夢です。

ひるまひる

気づけば三月ももう下旬に差し掛かっているようである。私はというと、海外で一つの街に身を落ち着けようと試みたものの、さっそくやることがなくなり、退屈と手詰まり感とホームシックの入り混じった、いわゆる「どうしようもない」状態に陥ったため、スペ…

衝動の意味

この国にやってきてから二ヶ月と、ちょっとが過ぎた。語学学校の二ヶ月は長い。あるとき家族のようだと思っていた人々は、この地球のどこか、手を伸ばしても届かないようなところへと消えていく。 そんなことを繰り返しているうちに、季節は変わり、周りにい…

二本棒のクエント

グラナダに秋がやってきた。地中海地方の乾いていた空は、ときどき雲に覆われるようになった。40度近くの猛暑から、一気に10度ぐらい気温が下がってしまうものだから、逆に肌寒いくらいだ。 店頭ではガスパチョやサルモレッホといった夏の風物詩たちが、我先…

オハラ

ああまったく…どうしてこんなところにいるんだろう。 金曜の夜、ディスコテカ(クラブ)で半ば夢うつつ、目はつぶったままで踊りながらそんなことを考えていた。 左手のハイネケンは誰かが買ってくれたみたいだし、お金の心配はしなくてもいい。それなのに、…

カデーナ

投稿の頻度が少し開いてしまったのは、先週末はグラナダから少し遠出して、マラガへ海水浴をしに行っていたことによる。 私自身海は大好きだが、いつも散歩しながら写真を撮っているだけで、海水浴は滅多にしない。なので、ここに来てまた、水さえあればどこ…

融点

こちらに来てから、今は学生まがいの生活をしているが、思ったより暇ではなかった(と言っても遊んでいるだけなのだが…)。 したがってブログを編集する時間が、どうしても日曜の午後、或いは夜になってしまう。何が問題かというと、それが出来上がって投稿…

ペルソナンヘ

スペインのグラナダで語学学校に通いながら生活して、一週間が経過した。まず来て思ったことは、私はとんだ勘違いをしていた、ということである。 数年前、冬に旅行で来た時は、それほど大きな都市でもなく、かといってお店がなくて不便すぎるというわけでも…

これからの企みと、私の旅について

今に今にと思いながら、長らく記事を更新していなかった。まずはそこを謝らせてください。すみませんでした。 いつも、何か書こう!と思い、考えをあたためている間にどうでも良くなってしまい、そして半年が経過している。個人的には半年は結構、長かった。…

迫られる年末

断捨離できない人間の年末は憂鬱である。さすがに12月31日にもなって大掃除の人はいないと思うが、どこへ行っても「大掃除をしなければ」の波が押し寄せてきて、やらなければ次くる年にどんな災難が訪れるかわからない気持ちにさせる。そんな強制力がある。 …

寝る前にはお香を炊く時間を作っている。一日を浄化するのである。歳を重ねるにつれて世界の流れが速くなっていることには誰もが気付いているはずだが、満足感の方はそれに追いつかないものである。 たとえ今日生きた未練が泥のようにまとわりついていても、…

げつようび。

はーい皆さぁーん!月曜日ですよー!!月曜日がやってきましたぁーー!! 今週も、元気にっ!!出勤登校ガンバロー!! ……怒った? ……と、いま私がやったのはこの上ない煽りである。そしてそのポイントは「月曜日」である。 品川駅とかで「f××k」の代わりに…

何か、教団じみた…

どうやら今週は皆既月食があったらしい。皆さんは見ただろうか。 この言い方からもわかると思うが、私は月食を実際にはこの目で見ていない。 その日は仕事で疲れていたのでそんなことよりもベッドダイブして泥のように眠りたかった、というのもそうなのだけ…

ローカルなスーパーとか薬局とかの話。

わけのわからない趣味趣向がいくつかあるのは、自分でもよく自覚している。その一つとして、見知らぬ町を歩いていると、何でもないものが気になりだす。 大通りに面していて、サッカーコートが何個か入りそうな長方形の区画を広々ととった駐車場と、その奥の…

カオスが何を連れてくるか

先日、とある国の料理を都内某所に食べに行った。口コミの情報を頼りに、看板もない、日本在住の現地人コミュニティのあるようなところにたどり着いた。 どうあがいてもしゃべっている内容を推測することのできない男二人が座っている向かいの席に座らせても…

排他性~かれらとそのた~

私の青春。教室の目立たない片隅に、冴えない陰キャたちで集まって気持ちの悪い会話をする。「俺たちの青春はどこへ行ったんだ」などと言っている。今となってはこれもある意味青春だ。 大人になるにつれて、人は社会性を身に着けていく。人としては望ましい…

人間観察日和

カフェが好きだ。カフェのテーブルについて気のむくままに勉強や読書をする。派手な楽しみでは決してないが、それは止まり木のようなものだ。スサー。 ただ勉強がしたいだけなら図書館にでも行けばいい。しかし種種雑多な音や動きの中に没入して、その感覚を…

うまく踊れない

仕事でもスポーツでも芸術でも、何かを継続的にやっている人なら、きっと言ったことがあるはずだ。「調子が悪い。」 実は私が今まさにこの状態で、文章が思いつかない。あるいは、浮かんだ思考を結論でまとめられない。 この、「調子が悪い」という感覚。こ…

定額サブスクリプションな日々

財布から、毎月一定の金が差し引かれる。こういう固定支出額は、やっぱりできるだけ減らしたいものである。精神衛生上あまり良くないから。 特に、束縛を嫌い、まず何よりも自由を大切にする人たちにとっては。 「自由に」お金の使いどころと使う量を考える…

潮騒と月明りと。

突然だが、私にはここ数年、夏が盛りになったころに行う“年中行事”がある。 しみじみとした夏らしい曲を聴きながら、熱帯夜の世界を散歩するのだ。あの熱帯夜特有の、生ぬるいけれど攻撃的ではない熱気のこもる海辺で、郷愁に浸るのを毎夏楽しみにしている。…

指が口ほどにものを言う

人ってどこで会話しているんだろう。口で言葉を発してそれを聞く。無駄なところをすべて省いて会話について説明したが、おおよそこんなものだろうか。 言葉って、それはそれでとても大切なものだけれど、どうも私は、コミュニケーションという点で考えると、…

東京のひとたち

最近何かと感じること。東京を歩く人を見たときに、この人は信用してはいけないと思う感覚。都心にいる人々を見ていると、郊外の人たちにはない何かを感じる。わずかな怖さのような不可解な感じのような……。あれはいったい何なのか。 なお、「都心にいる人」…

ボタンを押すことの意味

「5億年ボタン」をご存知だろうか。一種の思考実験であり、どうやら初出は漫画『みんなのトニオちゃん』らしい。 このボタンを押した場合、何もない空間で5億年過ごすことになる。そしてその対価として、100万円がもらえるらしい。なお、5億年過ごした後はそ…

「無」を「有」にする人たち

創造神は、案外そこらじゅうに溢れている。もしかしたらこれを読んでいるあなたもそうなのかもしれない。 はるか昔、古代ギリシャのデモクリトスは、原子の一切存在しない空間としての“空虚”について考えた。また古代のインドでは、数学上での無を表す“ゼロ”…

「エモい」という言葉

俗語を多用しすぎることは感覚を鈍化させ、人にもあまり良い印象を与えない。だから、意識していないとつい口に出してしまう「ヤバい」などという言葉を、できる限り使いたくないのだが、それがものすごく難しい。 このような便利な言葉がいつの時代も生み出…

餃子を蹴った。

このタイトルには特殊なひねりはない。文字通り餃子を蹴った。 人も歩けば道端には変わったものが落ちている。少し前、さほど長くない期間でウラになったポケモンカードが落ちていたのには、なにか摩訶不思議な意味があるのではないかと勘繰ってしまった。(…

一人称が迷子

日本語は一人称が多すぎる。自分の呼び方一つにどうしてそこまでバリエーションを持たせるのか。 外国人は日本語を学ぶときに、いちいち自分を何て呼ぶかで選択を迫られたりでもするのだろうか。またどういう理由で自分の呼び方を決定するのか。興味深いとこ…

絵を描ける人は本当に尊敬する。

私がもし、「すごいと思うのはどんな人か」ランキングを作ったとすれば、1位に入りそうなのは「絵が描ける人」だ。絵画もスケッチも漫画も落書きも全部含む絵全般について言っているが、そういう人が描いたものをよく見ていると、明らかに見えている世界が違…

ガチャガチャは爆死するものであり、爆死するのがガチャガチャである。

最近巷にガチャガチャコーナーが増えた気がする。コロナとか関係あるのかな?(なんでも時世をコロナと関連付けるのはナンセンスだと思うが…)いずれにせよ悪くないと思う。ガチャガチャ商品はデザインや構図がユニークなものが多く、ついじっくり見入ってし…

卵の哀悼

生卵が好きだ。パスタとかミーゴレンとか、麵モノには大体合うので、上にくぼみを作って乗せることが多い。牛丼店に行くとデフォルトで注文しているメニューといえば、ねぎ玉牛丼である。黄身ももちろんおいしいし、白身のとろとろしている感じもたまらない…

贅沢な多忙

なぜだかよくわからないけれど、なんというか、忙しい。普通の社会人よりも遥かに余暇は多い方だと思う。では世間一般の人は、自分のために使う時間なんてないに等しいのではないか。そうでないと辻褄があわない。 これまで常態化していた積ん読問題に加え、…