雑音日和

教祖になるのが夢です。

うまく踊れない

 仕事でもスポーツでも芸術でも、何かを継続的にやっている人なら、きっと言ったことがあるはずだ。「調子が悪い。」

 

 実は私が今まさにこの状態で、文章が思いつかない。あるいは、浮かんだ思考を結論でまとめられない。

 

 この、「調子が悪い」という感覚。これがなくなれば、たぶん今の40倍は楽に生きられるだろう。

 

 よくわからないのに、どうやっても「調子が悪い」状態ほど、気持ちが悪いものはない。

 

 「調子が悪い」はしょうがないことなので逆に開き直ってしまう人は多いが、この正体をつきとめることは、人類のウェルビーングに絶大な貢献をするにちがいない。ノーベル生理学賞くらいは余裕だろう。

 

 私の恩師がよく「調子が悪いせいにするな」とか言っていたが、「調子が悪い」状態は確かに存在する。もう考えずにはいられない。

 

 まず逆に、調子がいいときについて考えてみよう。私は調子がいい状態というのは、踊れている状態だと思う。

 

 例えば今やっているその作業は、AirPodsから垂れ流したお気に入りの音楽と、テンポが同調していると感じるだろうか。(されども私は有線ユーザー。)

 

 調子がいいときというのは、そこに何かBGMが流れていても違和感がない。心も体も軽いので、音律が体を操ってくれる。

 

 では、調子が悪いときはどうかというと、極限の状態だと音楽という音楽をいっさい受けつけなくなる。なんだか虫唾が走るのだ。

 

 頭が濁っていて、意識が朦朧としている。四肢が固まっている。

 

 ふくらはぎから下を、ぶらんぶらんと吊るしながら歩いている………。

 

 今朝は妙に頭がすっきりしていて、いつもの起床時間よりも1時間早く起きたのだ。だからいけると思ってた。

 

 

 

                寝よう。